こんにちはリストランテ’Tetsu’の飲食FCブログです。
21年間、飲食フランチャイズ・チェーンビジネスに取り組んできました
11年間営んでいた自営業を廃業し、転職先に選んだのは(株)プライム・リンクという会社です。入社したのは2001年、飲食フランチャイズ・チェーンとして全国展開をしていた牛角のエリアフランチャイザー(FC地区本部)やその他、様々なブランドのFC本部事業を行っていました。
当時、プライム・リンクの親会社は(株)ベンチャー・リンクという会社で、全国に数ある優良飲食店をフランチャイズ・チェーン展開するための支援を行っており、サンマルクやまいどおおきに食堂、牛角、とりでん、高田屋、とり鉄など、数えきれないほどの飲食店をフランチャイズ・チェーンに育て上げ世に送り出していました。
プライム・リンクはそんなグループの中で、発掘してきた地方の優良店のオペレーションを検証し、マニュアルを整備したり、業態を磨き上げたりして、フランチャイズ展開に耐えうる業態に仕上げるといった役割を担っていました。よって、加盟店の支援だけでなく直営店の運営も行っていました。
マルチ・フランチャイズ戦略の一翼を担う
私は33歳の時に中途入社したのですが、はじめの仕事は総合居酒屋の店長でした。通常は出来上がったパッケージの店舗をマニュアルに沿って運営していくのがチェーン店の店長の役割ですが、プライム・リンクでは不完全なパッケージの店舗を磨き上げていくというのが店長の役割でした。もちろん赤字を垂れ流すことはできないので、通常の店舗運営管理も行いながら、マニュアルの作りこみや商品改善提案、FC加盟を検討されている方の視察対応など、本当にハードワークでした。
入社当初、月間の労働時間は軽く400時間を超えていたので、今なら完全にブラック企業と呼ばれていたと思いますが、情熱にあふれた同僚や上司、それに当時の社長のリーダーシップに感化されその組織の一員でいられることがとても心地よく、労働時間の長さなど気にもなりませんでした。
ほかにも良かったことがありました。この業態パッケージの磨き上げという仕事をいくつもの業態で体験させてもらうことができたので、フランチャイズ・チェーン展開に向く業態とそうでない業態の見分けがつくようになりました。のちに経営企画業務を担当するようになった時、M&Aするか否かといった判断を求められることが増えましたが、その際には単なる経営数値の分析だけでなく、業態の伸びしろを判断する土台となりました。
当時のプライム・リンクでは「マルチ・フランチャイズ戦略」というキャッチフレーズを掲げ、加盟店を募集する際、複数のフランチャイズに加盟して店舗を運営することで、景気変動や食の安全問題等、様々な問題が発生した場合に全体の力で問題を吸収できるといった営業戦略をとっていました。今でいうポートフォリオによるリスク分散という意味合いだったと思います。このおかげで本当に多くのFCチェーンの業態に携わることができました。
中食の時代がやってくる
私がプライム・リンクにいたころは食の安全を脅かす問題が続けざまに発生しました。最も影響を受けたのはBSE、牛海綿脳症です。もう死語となっている感もありますが、当時は吉野家さんで牛丼が出せなくなったり、個人経営の焼き肉店がバタバタと閉店に追い込まれたり、大きな社会問題になりました。国内で初めて発症例が確認されたのは平成13年9月のことですが、米国産牛肉の禁輸等、外食事業者にとっては、とてつもない悪影響がありました。
その後もBSEの再拡大や鳥インフルエンザの大流行、高岡の焼肉店で起こったユッケの食中毒死亡事故、さらには飲酒運転の厳罰化によるロードサイド居酒屋の客離れ、そして東日本大震災など、飲食店の存亡にかかわる事件が立て続けに起こりました。こういった社会を揺るがす事件以外にも消費期限の改ざんや食品製造工場での不正、バイトテロ等様々な問題に外食企業は体力を奪われていきました。
その一方で外食から足が遠のいた消費者の向かった先は中食です。市場規模は右肩上がりに拡大し既に10兆円を突破しました。2020年はコロナの影響を受けたものの、すでに増加に転じています。女性の社会進出、高齢化社会、新型コロナウイルスをも追い風に変えていく勢いです。世界的なデリバリーサービスの普及もさらなる商機となっています。

一般社団法人日本フードサービス協会調べ http://www.jfnet.or.jp/
左図は1985年から5年ごとの外食・中食産業の市場規模推移です。新型コロナウイルスの発生前から中食は市場規模を拡大してきました。一方、外食産業は市場規模は横ばいですがファストフードを除けば減少しています。この傾向はコロナウイルスの蔓延でさらに拍車がかかり、中食産業の市場規模は10兆円を超え、外食産業は20兆円を割り込む事態となっています。私自身はプライム・リンクに入社して8年目に社長に就任し2年間勤めた後、11年前にほっかほっか亭総本部を運営する(株)ハークスレイに転職しました。
中食市場の伸びを見越して転職したという訳ではなく自営業も含めて21年間外食に携わてきたので、違う世界も見てみたくなったというのが正直なところです。また社長業も自分には合っていないように思えました。自分でプロジェクトをリードしたり、新業態を考えて実際に出店したり、加盟店と切磋琢磨したりといったことが何よりやりがいだったのですが、社長という立場は何でもできそうに見えて、実際は間接的に誰かにやってもらうことが多く性に合いませんでした。
順境に満足せず、逆境に悲観せず
プライム・リンク時代は逆境と思える社会的な事件が頻発しました。しかし、そんな中だからこそ、革新的な変化に迫られ色んなことにチャレンジできました。鶏インフルエンザが蔓延したときは全国に約150店舗あった焼き鳥専門店を一斉に総合居酒屋に業態変更するといった普通では考えられないような対策を講じました。
フランチャイズ・チェーンは加盟店の賛同を得られなければ店舗運営が前に進まないので、その合意を得るために全国を回り、業態変更のコンセプトや収益シミュレーションの説明、調理の実演指導など行いました。また加盟店と心を通わすために懇親会も実施しました。はじめのうちは大きな変化を伴う改革案に賛否両論があり、険悪なムードでしたが、語り明かすうちに自然と一体感が醸成され、会が終わるころには一緒にやるしかないんだから、力を合わせて頑張っていこうといった連帯感に包まれました。まさに苦楽を共にする仲間になれた瞬間です。
プライム・リンクの退職を決意し、株主に辞意を伝えたのは2011年1月の初旬でした。3月末の任期満了での辞任を伝えた矢先、東日本大震災が起こりました。亡くなられた方や大けがをされた方、住むところを失われた方には心からお悔やみを申し上げます。
関西を拠点に事業を展開していたプライム・リンクですが、東日本にも100店舗を超える加盟店と直営店があり、無念にも2名のパートナー(アルバイト・パートの呼称)が津波に巻き込まれてお亡くなりになりました。10年以上が経過した今でもフラッシュバックすることがあるほど辛い出来事でした。
地震発生後、甚大な被害を目の当たりにし、被災して困難な状況にある加盟店の従業員さんの支援や店舗の復旧活動は待ったなしの状態でしたので、退任の延期を申し出て、支援活動に入りました。
支援物資の輸送には取引先の物流会社に協力を仰ぎました。また加盟店の中にはガソリンスタンドを経営されている方がおられたので、燃料の補給に協力してもらったり、地元の方に各地方にあった倉庫の開錠と食材の搬出を行ってもらったりと様々な協力を得ながら対応しました。
全国の被災を逃れた加盟店からも支援の申し出があり、本部出資と合わせて被災加盟店に資金的な支援も実施することができました。被災された加盟店の中からも、資金的な体力のある企業は自店の分はいいから、もっと困られている加盟店に回してあげて欲しいといった申し出もあり、このチェーン店の絆の強さを実感させて頂きました。
さらにアメリカの食肉協会から牛肉の支援を得て、石巻市や女川町で牛焼肉丼の炊き出しも行いました。近隣の加盟店や東京支社勤務の有志の社員も駆けつけ数千人単位の食事を提供させて頂きました。避難所となった体育館で凍えるような避難生活を送っておられた方々に熱々の牛焼肉丼を食べてもらい、「こんなにおいしい牛丼は初めてだ」といった感想を多くの被災者の方から頂戴したのは一生忘れられないサービス業の本質的な喜びを感じ取れた瞬間でした。
逆境は本当に辛いことですが、それから逃げることなく立ち向かっていくことで、それを乗り越え、遠い先に悲しみや苦しさが和らぎ、立ち向かった体験が生きる糧に代わるときがやってくる、「逆境に悲観せず」という言葉にはそういった意味合いが込められているように思います。
一方、ハークスレイに転職してからは、大きな逆境に見舞われることはありませんでした。入社して3年ほどした時には食材の調達を統括する部門を担当したのですが、米と鶏肉の相場が暴落し、調達する側にとってはこの上ない条件で仕入れることができたので、収益予算は自ずと達成できました。
中食の良いところは例えばBSEが起こったとしても、牛肉を使ったメニューを減らして、豚や鶏を使ったメニューで代替することができるし、サンマの相場が高ければサバを使えば良いといった形で、相場の先を見定めて先手を打ちさえすれば、食材調達リスクを軽減することができます。これが焼肉や焼き鳥、うなぎ店のような専門店ではこういった対応が取れないので、食材調達リスクをもろに被ることになります。中食FC店の経営が安定しているというひとつの根拠といえるでしょう。
また外食と異なり、競合が少ないのも中食の特徴です。おそらく多くの消費者に弁当店の意識調査をすれば、ほっともっと、ほっかほっか亭、かまどや、オリジンあたりの名前をあげられると思います。外食ではいかがでしょうか、あまりの数の多さに驚かれるのではないでしょうか、この競合の少なさも中食の経営が安定している要因だと思います。
しかしこの順境といえるような環境は変革の必要性が低いために、新たなことにチャレンジするマインドを抑制し保守的な組織風土を醸成します。そういう中で、ぬるま湯に甘んじるのか、自らの成長のために、新たな道を切り拓いていくのか、まさに順境をどう捉えるのかということにかかっているように思います。「順境に満足せず」という言葉の持つ意味は今、満足しているようではビジネスパーソンとしての将来はないぞと呼び掛けているように思います。
そういっている私自身、ハークスレイで社長を務めていた直近の3年間は茹でガエル状態だったように思います。プライム・リンクの社長時代と同じように、間接的に業務を行うようになると、途端にモチベーションが下がるのです。なので、もやもや病発症という逆境を私自身が深層心理の中で待っていて、だからこそこれを機に外界に飛び出したのかも知れません。
逆境と順境を革新的な外食と保守的な中食FC本部に身をおいて体験したことを共有し飲食FCに加盟を検討されている方の一助となるべく「リストランテ’Tetsu’の飲食FCブログ」を創刊しました。
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