ここでは、私生活、特に暮らす場所を中心に夢中になれることとの関係について、考えてみたいと思います。
今ではスターバックスのようなサードプレイスが、暮らし方の一部として定着している人も多い。個人的には、サードプレイスは私生活と趣味の間に位置するようにも思う。
ここではひとまず、サードプレイスや趣味は横において、暮らす場所に絞って話を進めていきたい。
25年間の単身赴任生活
実は、32歳のときに個人事業に失敗して、33歳のときに初めてサラリーマンになりました。就職した会社の事業が全国FCチェーン本部だったので、はじめの赴任地は福岡になり、家族で心機一転引っ越した。
しかし、引っ越したのも束の間で、1年足らずで大阪への転勤辞令が出た。ただし、この時は3人の子供がそれぞれ学校や保育園に慣れたところだったので、単身赴任で戻ることにした。
その後、一度転職したものの、単身赴任状態が続き結局、25年間単身赴任生活を送った。3歳で福岡に引っ越した娘は、福岡で大学を卒業して、そのまま福岡で働いている。
当時は月に一度だけ、福岡に帰省して2日ほど一緒に暮らして、また大阪に戻るといった暮らしだった。それでも3人の子供は元気に成長し立派な社会人になった。その点は妻に感謝する他ない。
単身赴任生活は都会暮らし
飲食フランチャイズチェーン本部勤務なので、会社が繁華街に近いところにあったことから、単身赴任用のマンションも繁盛店に近かった。
どういう訳か、2社とも役職が変わると部屋のランクも変わったので、赴任地の異動も含めて、2社通算で15回ほど引っ越しを繰り返した。
だから、自分には地域に対する愛着や思い入れがない。今後もどの地方に住んでも全く意に介さないけど、自然豊かて美味しい地場食材が多い地域に住みたいとは思っている。
現在、暮らしているのは、大阪府の最北端に位置する能勢町という田舎町。大病を患い会社を辞めたことをきっかけに週末レジャー用に使ったていたこの家に引っ越した。
田舎暮らしのリアル
療養にはもってこいの場所ではあるものの、都心の大阪駅へのアクセスは悪く、自家用車と電車を乗り継いで、ドアドアで1時間半ほどかかる。
体調が快復して仕事を再開する時には、大阪梅田から15分ほどの江坂に事務所兼寝室付きのマンションを借りたものの、殆んど使わなかったので3ヶ月で退去した。
使わなかった理由は、田舎の家を1週間放置すると家庭菜園の雑草や害虫対策が疎かになったり、収穫した野菜を消化できずに土に還すといった余計な手間も増えたからだ。
そして何より、田舎暮らしに慣れると、都会暮らしの窮屈さがたまらなく嫌になった。
夢中になれることに適した場所が選択基準
暮らしたいエリアやロケーションから家を選択するのではなく、夢中になれることに取り組むために最適な住処はどこか、という基準で探した方が満足できるように思う。
仕事に夢中だった3、40代ははっきり言って家はどこでも、どんな間取りや設備でも良かった。個人的には単身生活だったので、衛生的で勤務地が近ければ尚良しといった程度だった。
それが仕事を失い夢中になれるものがなくなった途端、都心のマンションは息苦しいだけの物になった。
周りの人はみんな何かに追われるように働いているし、欲望を喚起するようなネオンや広告で溢れかえっている。
病後は同じエリアに暮らしながら、自分だけが離児島に取り残された様に、浮いた存在に感じられた。ここから一刻も早く脱出したいと本気で思った。
そして田舎に脱出したものの、そこにも夢中になれることが用意されている訳ではない。近所で話しかけてくれるのは70を過ぎて年金暮らしをされている方々で、同じ暮らし方はできない。
このままでは、社会から取り残されていくという切迫感だけが芽生えた。
夢中になれる暮らしを求めて
暮らし自体を快適にするためのDIYに取り掛かった。バールで床を剥がしたり、電動工具で木を切ったり、床に天然木を敷きつめたりしている間は夢中になれた。
しかし、半年もして一通りDIY(リフォーム)が進むと息切れした。家庭菜園も30種以上の野菜を育てて、料理したり、知人に配ったりしたが、仕事ほど夢中になれない。
自分にとっては、飽きずに夢中になって続けられることは、仕事だけかも知れない。趣味にしても、仕事の合間に時間を工面して、仕事で稼いだお金で楽しむのがしっくりくる。
そこで田舎暮らしをしながらできる仕事探しを始めた。結論としては長時間通勤で都心に移動して仕事をすることになった。
しかし、通勤時間が長いという問題は、移動中に仕事の企画書を書いたり、本を読んだり、最近ではnoteの投稿を読み書きしているとあっという間に過ぎるので、有意義に活用できている。
気がつけば大病を患い仕事を辞めてから3年がたった。ようやく、夢中になれる仕事や暮らしたい場所が定まってきた。全てが上手くいっている訳ではないけど、精一杯生きることは出来ている。


コメント