手術まで10日を切り、気持ちも周りも慌ただしくなってきた。
1月25日(火)NCUから一般病棟へ転室
矢継ぎ早に検査が入るようになった。今日は採血だけと聞いていたのに、SPECT検査が飛び込んできた。動脈注射は医師しか施術できず、技量の巧拙により事後の痛みも大差がある。今回は麻酔が上手く効いて難なく終わった。
その後、さらに朗報が入った。NCU(脳の集中治療室)から一般病棟に移れることになった。一般病棟では院内にあるコンビニに行くことが出来たり、携帯が使えたり自由度が高まる。
コンビニにいけるということはコーヒーやデザート、食品を買うこともできる。これで暇つぶしと飲食の楽しみが増し増しだ。

日常生活でコンビニに行くことが楽しいとは思わないけど、病院生活では非日常の楽しみになる。17時半に移動して、真っ先にコンビニに行って4日ぶりに飲んだコーヒーは格別のうまさだった。
1月26日(水)主治医から家族へ手術内容の説明
主治医から家族に向けて手術の詳細な説明があった。妻と長男、そして京都に住む4歳上の兄も駆けつけてくれた。
手術のリスクについての説明が中心で、家族として手術の承諾書にサインすることになりる。選択の余地がないものに対して、サインを求めるやり方はどこか携帯電話やSNSの利用許諾のようで、味気なく感じた。
あとからとやかくいう患者や家族が多いから仕方ないけど、建前や保全が優先される世知辛い社会になったものだ。
1月27日(木)家族への手紙
手術前の検査が佳境になってきた。足の付け根からカテーテルを通して血管の状況を撮影したり、エコーで内臓が手術に耐えられる状態か確認したり慌ただしく過ぎた。
手術のリスクを聞いていると麻痺が残る可能性もあるので念のため遺書を書いておくことにした。脳の病気で死亡する人は殆どいないそうだが、脳に障害が残ると困るのでとりあえず書いた。
家族への最後の手紙だから、気の利いたことを書こうと思ったが、文才も語彙力もないので言葉が浮ばない。僅かばかりの資産の分け方を書いたところで虚しさしかない。
病気になって初めて考えることや気がづくことが多く、自分に降りかかる出来事には無駄なことなど何ひとつないとつくづく思った。
1月28日(金)水分摂取の影響でトイレ頻発
今日は個室から大部屋へ移動した。もともと大部屋を希望していたものの空きがなかったので、個室になっていた。
大部屋といっても壁で仕切られていて出口部分だけがカーテンで仕切られている半個室タイプ。異なる点はトイレが専用か2人兼用かという点とテレビのサイズぐらいだ。
あと個室は個室料金にテレビや冷蔵庫の利用料が含まれているものの大部屋はタイムチャージ制だった。どうして国立病院なのに経済力によって病人の扱いを分けるのだろうか。
病室で虚血発作が起こってから、点滴の量が増えた。その影響で頻繁にトイレに行くようになった。都度、尿を計量して、それを上回る水分をとるよう指示されていた。
飲んでは出し、出しては飲んでのいたちごっこでらちがあかない。また、夜中も同じ調子なので1時間も立たないうちにトイレに行きたくなり、寝ている暇もない。
これでは余計に体に悪いと思って水を飲む量の減らしたら、点滴を増量されてしまい、結果的にトイレに行く頻度は減りませんでした。
1月29日(土)スクワットしたら虚血発作
週末の院内は人っ気がなくひっそりとしている。特に1階の外来フロアは誰もいないので、散歩するにはもってこい。トイレとコンビニもあるから1時間ぐらい歩き回っていた。
調子に乗り部屋に戻ってスクワットをしたら、手先が痺れ出した。軽い虚血発作で5分も経たずに治まった。しかし、その後の検診で血圧が異常値を示したので看護師さんに自白して怒られた。
1月30日(日)手術3日前
手術3日前となり、本来は血液をサラサラにする薬(バイアスピリン)の服用を止めて手術時の出血を抑えるそうだが、現状、虚血発作が頻発しているので、薬の服用を続けたまま手術することになった。
この方法でも症例はあるので、それほど心配する必要な無い。ただし、手術で止血に要する時間が増えて、手術時間自体は長くなる傾向にあるといった説明を受けた。
服用継続が危機的な事態を招くことになるとはこの時点では思いもよらなかった
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