1月31日(月)手術前に麻痺が残る怖さを実感
1月最終日、全く想像もできなかった1ヶ月が終わろうとしている。会社に出勤したのは5日間だけ、あとは病室か家で安静にしていることがほとんどだった。
一般病室に移ってから3日が経ち気づいたことがある。それは看護師さんの言葉遣いの違いだ。個室の患者と一般病室の患者の違いでもなければ、患者の年齢差でもない。
言葉遣いの使い分けは、患者が寝たきりだったり車椅子で補助が必要だったりするケーズだ。こういった患者には、丁寧な言葉を使わない。良く言えばフレンドリーという感じ。
患者の中には理解するのに時間がかかったり、耳が聞こえ難かったりする方もおられる。看護師は大きな声で呼びかけてから体を起こしたり、食事の補助をしたりする。
どうしても文節を短くするために、嫌をなく丁寧語ではなくなる。致し方ないことでも当事者になればどう感じるのだろうか。手術の結果次第で経験することになるかも知れない。
2月1日(火)突然の手術無期限延期
手術前日の朝、担当医が巡回してきて、いつもなら体調についてふたことみこと質問されて終わりなのに今日は違った。昨日から手術予定がすべてキャンセルになっていると告げられた。
詳しくは話してくれなかったものの、手術スタッフの中で複数人がコロナに感染し、出勤できなくなり、手術が取りやめになったようだ。
そして今日はその取りやめになった手術のリスケと今日以降の手術をどのように進めていくのかを決める会議があり、もしかすると自分の手術日も変更になる可能性があるということだ。
そうは言われても既に手術に向けた検査はすべて完了していて、あとは手術台に乗るだけというところまできての変更は、肉体的にも精神的にもかなりのダメージがある。
会議が終わらないとなんとも言えないので、心づもりだけはしておいてくださいといって担当医は病室をあとにした。その後は悶々とした時間を過ごすことになった。
担当医が次に来たのは19時30分だった。ほぼ1日中、やるせない思いでいた。そして、結論は最悪だった。手術は無期限延期、喫緊の生死にかかわるもの以外は中止すると言う判断だ。

次の手術日も分からないまま、虚血発作の頻発と向き合い、もし脳梗塞に至れば、そこでようやく手術台に乗れるということだ。それでは生き延びても何らかの後遺症を背負うことになるだろう。
入院代も検査代もただではない。病院の都合で延長したからといってその期間の入院費や再検査の費用が差し引かれる訳ではない。これほど一方的な対応は通常の経済活動ではありえない。
病院では何の相談もなく一方的に決定された。もちろん、手術スタッフがいないのに手術することはできない。結論的には手術の無期限延期以外の選択肢はないのかも知れないが、患者の心は置き去りにされていると感じた。
これまで、飲食業の企業経営に携わってきた経験では、当時はお店でもしコロナ発症者が出て店を休んだら、ホームページに公表して休業の告知と安全対応策を説明するというのが常識だった。
一方、病院では全く公表することなく、患者への説明も口頭だけということに対しても驚いた。生まれて初めて入院して、病院というのは一般的な常識がことごとく通用しない世界なのだと思い知った。
大病を患った時点である意味、あとは運任せということだ。手術前に「まな板に乗せられた鯉なのであとはよろしくお願いします」というのが現実に思えた。
2月2日(水)コロナ蔓延で手術体制が崩壊
一夜明けて心の整理は出来た。怒りをぶつけようにも日頃良くして頂いている看護師や担当医に文句をいってもはじまらない。いつものように笑顔で朝の挨拶を交わした。

担当医から、手術の延期は約2週間程度になるようだと伝えられた。これから2、3日はすべての手術をストップし、その後、再開するものの1日に実施する手術数を減らすので、恐らく2週間かかるという。
さらに脳神経系の病気よりも呼吸器系の病気の方が生死にかかわる率が高いので、そちらが優先されるようだ。その判断に異存はない。
ただ2週間、手術が伸びるということは経過が良好でも、退院後の予定がそのまま2週間ずれ込むので対応が必要になった。
会社に連絡して病欠の延長やエントリーシートを提出していた産創館の2次面接の日程変更をメールで申し入れる必要がある。
産創館については3月1日に予備日があったようで、その日ならOKとの返答があった。かなりタイトではあるものの、2月中旬に手術ができて、その後1、2週間で退院するという通常パターンなら何とかなるかもしれない。
あといくらなんでも2週間じっと病室にいたら体力が落ちてしまうので、リハビリセンターを使って、歩行や多少の運動ができないか、担当医に掛け合ってみた。その点についてはOKが出たので明後日から理学療法士の指導のもと、軽い運動ができるようになった。
また、仕事をする体力のようなものが落ちてしまわないように、ベッドの上にあるテーブルを窓際に移動させて、そこに洗面台にある椅子を持ってきてオフィスっぽく整えてそこで日中は過ごすようにした。

妻に家からPCを持ってきてもらって、1日8時間とはいかないまでも、6時間以上はそこに座り、書き物をしたり、本を読んだりして脳の体力が落ちないようにも心がけた。
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